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とある町のとある風景 その7
 

 

 


 高台にある、かなり大きな家であった。「さあ、おはいり」彼は、ドアを開けて、向かい入れてくれる。「さあ、遠慮しないで」 友人は、元外科医の釣り竿と肩に掛けていたクーラーボックスを、玄関の床に下ろした。

「重かったろう? さあ、どうぞ」友人と、遠慮なく家にあがって行った。

応接室に案内されて、ソファーに腰をおろす。「婆さんは、何をやっとるんだろうね。ちょっと待っていて」

しばらくすると、元外科医の後ろから、笑顔を浮かべる老婦人が現れた。気品のある御婦人である。「紹介するよ。こちらが、・・・・・」「いらっしゃい。よく来て下さったわね」友人も立ち上がって、握手を交わした。「さあ、かけて」

腰をかけた友人に、御婦人は聞いた。「飲み物は、何になさる。何が好きなの?」「そう、コーヒーね。あなたも?」友人に合わせて、コーヒーが好きだと言った。彼女は、くつろぐようにと言って、直ぐに部屋から出て行った。元外科医だった旦那さんと、差し向かいに座って話す話題は、専ら釣りの話である。大物を釣り上げた時の、彼の話には、迫力があった。思わず、友人と笑っていた。

しばらくして部屋に入って来た御婦人に、会話が遮られていた。テーブルの上にコーヒーカップとクッキーを、彼女はゆっくりと置いていく。カップに、あったかいコーヒーが注がれて、湯気が少し見えている。部屋の中には、コーヒーの香りが漂って、異国であることを思わせた。幸せな、ご夫婦なんだ。ふと、その思いが心をよぎっていく。「さあ、どうぞ」

「私も、かけて良いかしら?」「ええ〜、勿論どうぞ」飲みかけたコーヒーカップを、テーブルに置いた友人は、言った。

「若い人達と、話をするのは、久し振りよ」「お子様は、いらっしゃらないのですか?」友人は聞いた。

二人の子供は、それぞれ独立していて、遠く離れて暮らしているらしい。娘さんが時々、何マイルも離れている街から、様子を見にやって来てくれると、彼女は笑顔を見せた。「ビッグカントリーだよね」友人は、私に微笑んだ。そうだね。

気が付くと、夕暮れであった。港に落ちて行く夕日が、眩しくて一瞬目を伏せていた。窓越しに見える港の風景は、何処かで見たような風景だった。はて、何処だったかな?

「この、風景が好きでね。住むのを、ここに決めたんだ」 そうですか・・・奥さんも? 「勿論、彼女もお気に入りさ」

「さあて、釣って来た魚を、料理しましょうか?」友人が言った。「出来るのかい?」「それはないでしょう? まあ、お楽しみにね」

「私は、手伝わなくても良いの?」「良いよ、ここは、私らに任せなさい」彼は、奥さんを優しく労わった。「そう、じゃあ、お任せするわね。どんな料理が出来るかしら」「じゃあ、行こうか。頼んだよ」

 

 きょうは、約束をしていたテニスの日である。恋の橋渡しは、最初ではなかったが、彼を失恋させる訳にはいかないと、朝から落ち着かないでいた。約束の時間には、まだ早かったが、テニスコートへと向かった。コートの側で、木製の長い椅子に腰を掛けて彼らの来るのを待っていると、名前を呼ぶ声に振り向いた。どうして、私の名前を知っているの?「友達から噂は聞いて知っているよ。彼女から、ここで、待っているように頼まれたから。もし、早く来ている人がいたら、これを渡してくれって」言い終ると、彼は、「はい、これ」と言って、紙を渡した。「名前と、スポーツの種類に、使うコートの名前を、書いてくれたら良いから」名前と、テニスね。

「そうだよ・・・」・・・これで良いのかな? 「良いよ。有難う。じゃあ、楽しんで頂戴」彼は紙を受け取ると、何処かへ歩いて行ってしまった。

広いテニスコートの中へと入り、彼らは未だ来ないだろうと、ラケットを取り出し、素振りを始めた。

「上手くなったじゃないの・・・俺よりも早く来ているとはね」やあ、どうだい? 調子は・・・? 「さあ、どうなることやら。どうも、彼女の前になると、上手く話せなくってね」 大丈夫さ。お得意のテニスだろうが。話す訳でもないし。「うん、解っているけどね」どうも、彼は自信がなさそうである。格好の良い所を見せれば? 「ああ、分った。きょうは、ダブルスでいこう」ダブルスでかい?「うん、俺は、彼女とペアを組むから、それで良いかい?」かまわないよ。あっ、来たぞ!

「遅くなったわね。待った?」彼女達二人は、微笑みながらコートの中へと入って来た。「いや、未だ、約束の時間には間があるよ」彼も笑顔を見せてはいるが、緊張している様子である。「あら、テニスウェア似合っているじゃないの。シューズも新しいのね」なに、俺? 自分の姿を見回した。彼女達に誉められるとはね。なんだか、可笑しくなって来ていた。テニスシューズは、この日の為に新調した物であった。

彼は、彼女にペアを組むと告げた。「ルールを説明することもないね?」「うん、いいわよ」「じゃ、私達は、向こうね。行きましょ」うん、行こうぜ。勝てるかな?「勝てなくても、きょうは良さそうね」えっ、知っていたのかい? 「ええ、なんとなくね。分るわよ。さあっ、楽しみましょ」

「君達、良いかい?」いいよっ! 「よし!」彼のサーブから始まった。おおっ、厳しいサーブである。受けるボールの音が、コート一杯に響いている。他のコートを使っている人は、誰もいなかった。まるで、貸し切りである。この日のことを知って、皆はコートを使うことを避けていたのか。賑やかな方が良いと思うけど、邪魔をしたくないようである。良い奴らだよな。まったく、泣かせるぜ。試合をする彼らは、打ち解けているように見えている。「なかなか、お似合いね。あの人らは」そうだね。

ボールを打ち返す度に、彼らのチームワークの良さに驚かされた。試合は、予想通り彼らの勝ちであった。

「きょうは、楽しかったわ。ありがとう」彼女は、彼に微笑んで言った。「随分と汗をかいたね。近くのカフェテリアに行こうか?」良いねえ、行こう! ジュースでも飲みたい気分さ。爽やかだね。「さあっ、行こう」うん。彼は、彼女をサポートしている。後ろを、少し離れて歩いた。駐車場までの、散歩である。車のドアを開け、彼は、彼女を助手席に乗せた。我々付録のペアも、止めてある彼の車に乗り込んだ。勢い良く車は、カフェテリアへと走り出した。運転する彼の横に座る彼女は、楽しそうである。ラジオからは、曲の名前も知らないポップスが流れている。ラブストーリーのようである。彼もなかなかやりますね。二人の様子に、きっと彼らは恋人同士になると確信した。

 

 入っても良いかい? 友人の部屋をノックした。「誰だい? 開いているよ、どうぞ!」ドアを開けると、部屋の中から、爬虫類イグアナを膝にのせて、ソファーに座る彼の姿が現れた。彼の部屋を訪れるのは、始めてであった。イグアナを飼っているとは、予想だにしなかっただけに、驚きで部屋に入るのをためらった。「遠慮するなよ。入れよ」むっ、うん。「さあ、どうぞ」

机の上には、コンピューターとブリンターが置かれていて、時代の最先端と思わせる。が、膝の上に乗せているイグアナの背中を撫でている彼とは、アンバランスな姿に映った。珍しいね、イグアナを飼っていたとは。「いや、そうでもないよ。爬虫類が好きで、飼う人は多いのさ」ふ〜ん、好きでねえ・・・。「掛けたら?」 彼は、椅子を指して言った。ああ、有難う。ところで、そのイグアナは何を食べているの?

「ほら、あそこにあるだろう。キャベツとか・・・野菜類だよ」ダンボール箱が、部屋の片隅床に、無造作に置かれている。中に入っているキャベツが、見えていた。そのグロテスクな姿から、肉の類を食べるのかと思ったが、野菜を食べるとはねえ。

「こちらは、面白いかい?」イグアナの頭を撫でながら、彼は聞いた。 うん、面白いよ。まるで、イグアナ達と話しているように、面白いさ。

「イグアナと」と言って、彼は大笑いし出した。「あああ、可笑しいなあ。笑っちゃうね。君の友達は、イグアナ達とおんなじかよ。そういえば、似ている所があるかもな。あっ、良いアイデアが浮かんだよ。インスピレーション」と言った彼は、イグアナをそっとソファーの上に置くと、机の前に座った。そして、コンピューターのキーボードを打ち出した。「よし、これで良いぞ。良いアイデアが、なかなか閃かなくてね。サンキュー感謝するよ」プリンターが小さな音を発てて、訳の解らぬ文字を印刷しだした。プログラム言語であろう文字が、並んでいる。

「プログラムを考えるのも、厄介でね。時として、虫に悩まされる」虫が、住みついているのかい? 「笑わせるねえ。プログラムのミスだよ」ああ、そういうことか。彼と一緒に、笑っていた。 イグアナは、相変わらず、ソファーの上でおとなしい。

その時、机の上にある電話のベルが鳴った。プリンターは、まだ文字を印刷している。構わずに、彼は話し出した。

いつか、コンピューターの普及する日が来るだろう。電話機とコンピューターを繋いで会話をする。テレビ電話のように。まさか、そんな無理だよね。楽しそうに話す彼の姿を、未来へと置き換えて眺めていた。

 

 

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